秋葉山

 火防の神とLて全国に知られる秋葉山は、標高866mで赤石山系の南端に位置し、天竜奥三河国定公園に指定されている。山頂からは、三河の山々を始め、悠々と流れる天竜川や浜名湖、はるか太平洋を望む事が 出来、東海一の絶景と称されている。

 太古の時代より山岳宗教のメッカであった秋葉山は、近世に入ると火防の霊験を中心とした信仰が急速に広 まり、全国各地から盛んに参詣登山が行をわれるよう になった。信者は庶民だけではなくて武士層にまで浸 透、幕府でさえこの対策に苦慮ずる程の盛況だった、 と言う。

 そして今でも、愛知・岐阜など、特に遠州以 西を中心とした信者が、続々と参拝に訪れている。  また、各地に残された秋葉街道と呼ばれる道は、遠 い古代から多くの人々が熱い思いをいだいてこの山に 向かった参詣道だ。

 現在、秋葉山には、秋葉神社と秋葉寺が存在している。

秋葉神社(あきはじんじゃ)

秋葉神社

 天保2年〈1831年)、信州上諏訪の大工、立川内匠富昌らによって秋葉山の仁王門として再建された門は、明治以降 秋葉神社の随身門として伝えられてきた。鮮やかな朱 泥を塗り、屋根下に精巧な彫刻をほどこしたもので、江戸末期の秋葉山全盛期の面影を伝える唯一の建物と なっている。

 秋葉神社境内には、神話の泉である機織井戸や玉垂 の滝などがあり、モリアオガエル・仏法僧・秋葉野菊 など、高山生動植物の生息地としても知られている。山項にあった上社は、第2次大戦前に焼失Lたが、 この程3年がかりで建築し、本殿が完成。61年10月に遷座祭が行なわれた。

秋葉寺(しゅうようじ)

秋葉寺

 神門から1km程下った所にある秋葉寺は、養老 2年(718年)行基の開創と伝えられ、三尺 坊大権現を中心とした山岳修験の拠点として繁栄を誇ってきた。現在でも火渡りの儀 式などは、山伏の装束で行われる。

 明治5年の神仏分離強行の際、一時廃寺 となったが、信徒の強い要望によって、明治13年(1880年)現在地に再建された。秋葉神社では、毎年12月16日の夜、弓の舞・剣の火の舞などが行われ、秋葉寺では、 同月15日・16日の両夜、火渡りの儀式が催 される。ともに秋葉の火祭りとして、県内外の信者や見物客でにぎわう。

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